大阪地方裁判所 昭和31年(ワ)383号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔事実〕原告は本件請求原因として、大阪市港区南市岡町一丁目九番地の二外四カ所の土地は原告の所有であるが、右土地は昭和二〇年三月の戦災により地上建物が焼失し以来空地のままとなつていたところ、被告矢野イワノは昭和二四、五年頃訴外西田誘四郎に対し右土地を同被告の所有であると詐つて賃貸し、権利金を差入れた。然も同訴外人は右土地の一部を自己使用した外残部を訴外古巣某外一名に転貸し、訴外古巣は更に山下某外一名に再転貸し、以上の各訴外人はいずれも各自使用地上に夫々本建築の住宅を建築して使用している。被告イワノは右原告所有の土地の一劃に僅か一三坪余の土地を所有しているが、当時空地のままで残つていた本件土地を同被告自身の土地と誤認する筈がなく、他人の所有地であることを知悉していたのであるが右原告の所有地が空地となつていて利用せられていないのを見て慾心を起し、これを自己の土地と詐つて右のように賃貸して不法に利得を計つたものである。即ち被告イワノは原告の所有地を自己の土地として他に賃貸し不法に原告の権利を侵害したものであるからこれによつて原告の蒙つた損害を賠償する義務がある。そして右賠償額については、元来本件土地は、空地のままであれば、坪当り二万円以上に取引せられているのであるがその上に建物があればそれが土地使用の権限のない者の所有であつても土地の価格は三分の一以下に下落するばかりでなく、これを売りに出しても買受人は絶無となるのであるから被告イワノの本件土地の賃貸によつて、右土地上に前記の訴外人等の所有の建物が建築されたことによつて、原告の蒙つた土地値下りの損害は百万円を超ゆるものである。これを最少限に見積つても本件土地は空地のままであれば坪当り金六千円で公簿上坪数にして合計六三七、三八〇円の価格で何時でも売却できる筈であつたが、現状のように不法占有の建物が所在する場合は坪当り二、四〇〇円に下落し、公簿上の坪数にして合計二五四、九五二円の価格となる。即ち原告は被告イワノの前記不法行為によつて右両価格の差三八二、四二八円の値下りによる損害を受けているからその賠償を求める、被告矢野株式会社は被告イワノの経営する会社であるから共同不法行為者として連帯して損害賠償の義務がある、と述べた。
被告イワノは答弁として、同被告が他人の土地を自己の土地と誤認して訴外西田に賃貸したことは認めるが右土地が原告所有であることは不知、その他原告主張の損害の発生は否認すると答え、被告矢野株式会社は、原告主張事実を全部否認した。
〔判断〕判決は証拠により原告主張の本件土地が原告の所有であることを認めた外被告イワノが右土地を不法に訴外西田に賃貸したため原告主張のように数個の住宅が建築されていて数家族がこれを占有している事実を認定し従つて、被告イワノは「訴外西田に対して住宅建造の目的で本件の土地を賃貸し、又本件土地の坪数に徴すれば右住宅が建築された際には数家族がこれを占有するに至ることを被告イワノは当然知つて居るべきであつたと認められるから同被告は右土地に数戸の家屋が建築せられ数家族がこれを占有していることについて、前認定の不法行為の結果生じた事態としてその責任を負わねばならない」としたが、然るに肝心の原告主張の値下り額の賠償請求は、次のように判示してこれを排斥した。曰く「よつて原告が右土地の値下り額を被告イワノの前認定の不法行為によつて原告の蒙つた損害として賠償を請求することができるかどうかについて判断するに前認定の場合には原告は被告イワノに対して土地の賃料相当の損害金の支払を請求できる外右土地の現実の不法占有者に対して家屋収去土地明渡を請求し、右手続に要した一切の費用を同被告に請求することもできるし、右土地を現実の不法占有者の居住するまま他に売却して右売買価格と右土地が空地のままであれば売ることのできる筈であつた価格との差額を同被告に請求することもできる」のであつて、「その間の選択は原告の自由であるけれども、本件土地やその上の建物をどう処理するか不法占有者等の地位をどのようにするかについて選択の自由を原告に留保した段階では、右不法占有による土地価格の値下りによつて原告が損害をうけるかどうか、又その損害がどの程度のものであるかを確定すること不可能である。即ちこの場合には原告は何時でも右不法占有者に対して家屋収去土地明渡の請求をすることのできる地位にあつて、原告が右請求権を行使し請求が実現せられた場合には不法占有による土地価格の値下りは回復せられて原告は右値下りによる損害を受けないで済むし不法占有のまま右土地を販売した場合には原告は値下りの損害を全面的に受けるのであつて原告が土地価格の値下りによる損害を受けないか及びその受ける損害が如何程になるかは原告が本件土地を如何に処分するか及び不法占有者との間の法律関係を如何に処理するかに係つていて、原告の選択如何で如何ようにも変化する可能性があるから原告がこれらの点について選択を行つて事実関係を原告の意思通りに自由に変更できない程度に確定するまでは、土地価格の値下りによつて原告が損害を受けるかどうかその数額如何は確定することができない。将来の損害であつても特定の条件の下にそれが発生すること及びその数額が確定することができるものであれば、その賠償を請求することができるけれども、これらの点について確定することができない損害はたとえ損害発生の確率が高くてもその賠償を請求することは法律上許されない。弁論の全趣旨によれば原告は本件土地の事実上の不法占有者に対して土地明渡を求める意思であるが未だその手続に着手していないし、又右土地を不法占有者のある現状のまま売却する意思もないわけではないが現状のままでは原告の満足する価格では買手がつかないと云うのであるから本件にあつては原告が右不法占有による土地価格の値下りによつて損害を受けるかどうか及びその損害の額は確定することは不可能であつてこの点において原告の被告イワノに対する本件請求は失当である。しかして右のように被告イワノについての請求が理由がない以上被告矢野株式会社に対する請求も失当であること明らかである。」